hangover
                

 あれから、どのぐらいの時間がたったのだろう。

片腕をそろそろと伸ばし、指先の届く範囲で隣をまさぐる。
そうしながら、むき出しの肌に感じるひんやりとした空気で、もう、彼が床を離れてしまっていることに気がつく。

バスルームから水音が続いている。ほんの数歩、歩いた先にある扉から漏れてきているのに、なぜかひどく遠くから聞こえてくるようだ。
ハインリヒはゆっくりと上体を起こした。頭の芯がぶれるような感覚があって、思わず手元のシーツをたぐり寄せる。
めまいと呼ぶには穏やかであり過ぎて、けれども、このまま立ち上がることができるとは思えない。
長く寝過ぎてしまった時のように、頭が重たい。
たまらずに目を閉じると、薄暗くふさがれた視界の中へぐらり、と体が傾いていく。その動きに逆らわず、胎児のように体をまるめて、
再びマットレスに倒れこんだ。首と肩が軽くバウンドして、全身に小刻みな振動が伝わる。
じっとしていると静かになる。けれども、走行中の車の後部座席で横になっているような浮遊感は消えない。
酔ったみたいだ、と思う。
これが酒の酔いなどではないことは、分かっているけれども。

ジェロニモ。
相手に聞こえないことを承知で呼ぼうとする。
きしんだ喉を細く息が通っただけで発声ができない。
身動きひとつできぬままに、苦笑に片頬をゆがませる。
ことの最中に声をあげるなんて。
この、俺が。

肉厚な掌と熱い舌が、ほんの触れるか触れないかの距離を保って、弛緩しきった体を這いまわり、無意識のうちに声が漏れた。
全身をたわめて震える波をこらえきった瞬間、痛みと錯覚するほどの快感に、手足の先まで引きつらせて喉をいっぱいに開いた。
ドク、ドク、と吐き出した余韻に脈打つ器官をそっと握りこまれる頃には、もう声さえあげられず、引き絞った呼吸の大きな音だけが、
真っ白になった頭の中で響いた。
思い出すだけで吸い込まれるように体が熱くなって、ハインリヒは身じろぎもしない。

シャワーの音が止まった。
きぃ、とドアの開く音がかすかにして、裸足の足裏が静かに絨毯を踏みしめる気配がする。
顔の上に黒く、影がさす。
湯でほてった体温がゆっくりと近づいてきて、触れられる前から分かっている。
温かな手の甲が2度、3度と頬を撫で、それから眼尻までのラインを撫で上げて、こめかみに唇が押しあてられる。
その大きな体躯から放射される心地よい熱に、じんわりと体中が痺れて、このまま、意識を失ってしまうかもしれない、と思う。

これが酔いなら二度と醒めなくてもかまわない。

ジェロニモ。

目を閉じたまま、もう一度口の中で、ハインリヒはつぶやいた。
 

hangover(2008.10)
ひっそり祭に参加ありがとうございます!
sh様より、しっとり、うっとり54を投稿頂きましたvv

ひっそりだけどお祭りやってよかった・・・。
sh様の54世界をご堪能ください。

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