彼が煙草を吸う理由
ジェロニモのところに泊まる時、ハインリヒは煙草を吸わない。特にそうしてくれとジェロニモから頼んだわけでもないのに、
いつのまにかそういう習慣になった。
けれども、彼がごく近くで身動きすると、ふわり、とドイツの銘柄特有の甘い匂いが漂う時があって、ジェロニモは決してそれが
嫌いではない。むしろ心待ちにしてしまうことさえある。
例えば、今のように。
シーツの上に仰向けで横たわると、ジェロニモは自分の体の上にハインリヒを抱きよせ、そのさらさらした髪の生え際に鼻先を
埋めた。くすぐったいのか、かすかに身じろぎするハインリヒの体を、両膝を立てた間にそっと抱え込む。細い髪の毛を舌先で
器用にかき分けて、そのわずかにひんやりと感じられる首筋に、食むようにして口づけると、ハインリヒが長い溜息をもらしな
がら、左腕を後ろざまに伸ばし、ジェロニモの太い首に軽くまわした。腕を持ち上げた時に、乳白色の皮膚の下に浮かぶ、きれ
いな筋肉のラインが、ジェロニモは好きだ。
眼下に見えるハインリヒの無機質な右半身が、月の光を浴びて静かに輝いている。何千もの金属片を組み合わせて作られた腕は
見れば見るほど、精密機械特有の冷たい美しさに溢れ、ジェロニモを魅了する。
だが敢えてそれを口には出さず、ジェロニモは、その滑らかで硬い掌に、自分の分厚い掌を重ねた。
冷たい5本の指すべてに、太い無骨な指をからめ、次第に力を加えて握りこむと、押し開かれていくハインリヒの指の間がやわ
らかくきしむ。同じようにして、ハインリヒの脚の間に少しずつ、大きな体を割り込ませていった時のことを思い出し、ふと蘇る
感覚に、みぞおちの辺りを抉られるような震えが走り抜けたが、ジェロニモは顔色ひとつ変えず、息をつめてやり過ごした。ぎこ
ちなく動きを止めたジェロニモの右手を、ハインリヒが胸の前に引き寄せて、節くれだった関節の一つ一つに、あやすようなキス
を落としていく。
自由な左手を、そろそろとハインリヒの左半身に滑らせていく。荒れて傷だらけになった自分の皮膚とは似ても似つかない、上等
な織物のような手触りの肌を楽しみたくて、腰骨から鎖骨の間を何度もじっくり往復させていると、今度はハインリヒの震える
気配がさざ波のように伝わってくる。形のよい顎を指先で仰向かせ、無防備にさらされた喉元の薄い皮膚に歯を当てる。ハインリヒ
がごくり、と唾を飲み込む気配がする。できるだけ爪を立てないようにして、胸の突起をつまみ上げ、指の腹で撫でまわすと、
あわあわとした感触のそれがふっくらと立ち上がってくる。きっと熟して落ちる寸前の果実のように赤くなっているに違いないと
思うと堪らなくなって、ジェロニモは勢いよく上体を起こした。ベッドが盛大に揺れるのもかまわずに、素早く体の位置を入れ
替えて、ハインリヒの胸に顔をうずめる。あ、と短い声を漏らして、ハインリヒがジェロニモの動きのままに体をしならせる。
その両腕がしっかりと自分の首にしがみつくのを感じて、今度こそ、耐えきれないほどの欲望がジェロニモの体を突き抜ける。
惜しみなく開かれた肉体を余すところなく奪う。
互いに頭の中が真っ白になるまで求め合った。
ぐったりとしたハインリヒを自分の上に抱え上げ、汗のひきかけた体を床にずり落ちていたブランケットでくるみ直し、ぼさぼさ
の頭を抱き寄せて、ようやくジェロニモは、長々と体を伸ばす。
ベッドサイドに置いた、古ぼけた目覚まし時計の音だけが聞こえる、夜明けまでの短いひととき。
見慣れたはずの室内は、薄闇の中で一切の色彩を失って、全く知らない誰かの部屋のようだ。
何か、満ち足りたような、それでも、まだ何かが物足りないような、不思議な寂しさがジェロニモの胸をつく。
こんな時、ハインリヒは煙草を吸いたくなるのだろうかと、思った。
彼が煙草を吸う理由(2008.10)
濃密な54を拝見できて幸せでございます!
こちらは・・私の・・拙作ではございますが、お題の「夜伽」が執筆のお手伝いをさせて頂いたそうで・・・
もったいないお言葉を頂戴しました。萌えを共有して頂けたことが嬉しいです!
sh様、この度はご参加ありがとうございました!!
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