緑の風
「なあ、どうして『夏風』っていうのはないんだ?」 ギルモア邸のリビングで一人読書を楽しんでいたハインリヒは、そんな声と共に ソファへと身を預けていた自分の膝の上に頭を乗せてきたジェットにその静かな時間を奪われた。 「何だ、急に?」 不機嫌だと言うのを少しも隠さずにそう問い返す声音に含んでみるが、ジェットに動く気配がなく本をとられた時点で諦めたように言った。 「ちゃんとわかるように言え。」 するとハインリヒの膝枕の上、ジェットは一つ笑みを浮かべてから話し始めた。 「いや、俺ってよく飛ぶからついつい風ってのを意識することがあってさ。 そんな時、相違やコズミの爺さんとかの話で出てくる『風』っていうのは『春風』とか『秋風』って言葉だけで・・・。 どうして『夏風』や『冬風』っていう言葉はないのかなと思ったわけで。」 「それなら爺さんにそう聞けばいいだろう?」 ジェットの話にハインリヒはそう言うが、ジェットはまあ待てと言うとそのまま続けた。 「いや、だから聞いてよ。そしたら爺さん『冬はきっと冷たい風とかいう風に言うから、わざわざ‘冬風’ なんて言葉は使われなかったんだろう』って言ったんだ。 だが夏風はどうだろうねぇとか言うから博識なピュンマに聞いたんだよ。」 「それで何て言われたんだ?」 「いや、日本じゃ梅雨っていう時期に入って風があまり吹かないからそんな言葉はないんだろうって。」 「ならそれでいいじゃないか。」 ハインリヒはそう言って何とはなしにジェットの髪を梳いていた手を止める。 だがジェットはそんなハインリヒを見上げると、また口を開いた。 「よくないから言ってるんだ。・・・・俺は夏風ってのがあると思うから。」 「ほう・・・・。それはどんな風なんだ?」 ジェットのそんなに言葉に思わずハインリヒは笑みを浮かべるとそう問う。 するとジェットもまた笑みを口元に刻み続けた。 「緑を運ぶ風さ。」 「緑を運ぶ風?」 「そう。」 思わず鸚鵡返しにそんな言葉を口にしたハインリヒにジェットは手を差し伸べると言った。 「夏ってのは今まで彩り鮮やかに緑を楽しませてくれていた木々が、それを散らして青々と葉をつける・・・そんな季節だろ? そしてそこで彼らは多大なエネルギーを使っている。」 「確かにそうかもしれないが・・・。どうしてそこで緑の風ってのが出てくるんだ?」 「だってさぁ。アンタも感じないか?息吹に満ちた風を。」 「!」 「一生懸命生きている木々の間を通り抜ける風。 春はそれが具体的な花の香りというのを運んでくれたからわかりやすかったというだけで、それは夏も同じなのさ。 夏は日の光を受け、青々と茂る葉の匂いを運んでくれる。 そしてそれはエネルギーに満ちた、緑の風だろ?」 「・・・・お前の口からそんな言葉が出てくるとはな。」 ジェットの言葉にハインリヒは思わずそんな言葉を微笑と共に返す。 するとジェットは「見直した?」なんて言いながら苦笑を浮かべて問う。 「で、どう?あんたも夏の風はあると思うかい?」 「そうだな・・・。」 それに再びジェットの髪を梳き始めながら、ハインリヒは優しく微笑む。 「それを今から少し確かめに行ってもいいな。」 その台詞に思わずジェットは身を起こすと、ハインリヒの手を恭しく取って言う。 「それならぜひ、御同行を。」 そして互いに苦笑を浮かべると玄関へと向かう。 外は今日も美しい五月晴れ。 そしてきっとそこには夏風と称した緑を運び、感じさせてくれる風が吹いているだろう。
17676番キリリク 風を感じられる話ということでお願いしました。
こんな風に語り合う24がこの創作世界のいいところだなあと
萌えの楽しさを教えて頂きました。
感謝です。
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