春の終わりに




俺がドイツのハインリヒの家を訪ねることは、俺の脚の機能のこともあって珍しくないが、

反対にハインリヒの方がアメリカの俺の元を訪れてくれることは数少なくて、だからこそ余計に嬉しかったりした。

そう、ハインリヒが来てくれることは紛れもなく嬉しいのだ。

だが現在こうしてハインリヒが俺を訪ねてきたとき、俺の部屋には一人の女がいた。

しかも世間話や相談事をしながらお茶を飲むなんてことをしに彼女は部屋にいたのではなく、

紛れもなくハインリヒが部屋の呼び鈴を鳴らすまで、俺はベッドの上で悩ましげに誘う彼女の上に

乗りかかろうとしていたところだったのだ。

これではハインリヒに言い訳をするどころではない。

そもそもどうして俺はあの見知らぬ彼女とこういう状況になったのかが、わからないのだから弁明のしようがない。

しかもこうしてハインリヒを玄関で、部屋の中に迎えることもできずに立ち尽くしている俺の後ろから

容赦なく誰なの?なんていう彼女の可愛らしい声が聞こえてくるのだからたまらない。

目の前には自分の最愛の人がいるのに、こんな場面を見られてどうすればいいのか。

一体どうやってこの場を収集すればいいかなんて、もうとっくにわからなくなって俺の内心は混乱を極めたが

しかしそんな俺の混乱をよそに勝手に口が開いた。

「見られちゃったか。」

!この状況で悪びれもないこんなセリフは言ってはまずいだろう!!

思わず自分にセルフ突っ込みを入れるが、しかし相変わらず勝手に言葉が流れ出た。

「現場を押さえられちゃ仕方ない。見ての通り俺は今から彼女の相手をしなきゃならないから、

悪いけどアンタの相手をしてられないんだ。だからひとまずお引取り願いたいんだけど・・・・。」

オイオイ彼女を追い出すならまだしも、ここでハインリヒの方を追い出すか?

一体俺は自分で何を言っているんだ?

だが俺が更に何か言うよりも早く、先の俺の言葉に酷く驚いたようだったハインリヒは、

驚きから一瞬怒りの表情を浮かべた。

ハインリヒが驚くのも、怒るのも当たり前だ。

だから俺はいっそ自分の内心と裏腹に勝手に言葉を紡ぐこの体を、いっそ思いっきり殴って欲しかったのだが

しかしハインリヒはそうはしなかった。

「・・・・そうか、それじゃあ邪魔したな。」

握り締めた右手に力を入れたものの、その腕を振り上げることなく、ハインリヒは静かにそう言った。

その表情がとても淋しさに溢れていて、いつもの俺だったらハインリヒにこんな表情をさせたくなくて、

速攻で謝ったり抱き締めたりするはずなのに、でもやっぱり体は動かずにまた勝手に言葉を吐き出した。

「わかってくれればいいんだ。じゃあ、俺もう彼女が待っているから。」

そしてあろうことか、俺は踵を返したハインリヒの背に追いすがるどころか、早々に玄関を閉めてしまった。

もう何がどうなっているのか、わからない。

俺が本当に好きで好きでたまらないのは、たった今去ってしまったハインリヒなのに。

でも俺の体は勝手に動いて、ベッドの上の彼女に謝罪の言葉と共に微笑なんか浮かべている。

そしてそのまま引き寄せられるままに、俺は彼女に口付けていた。



それから今度は俺がドイツのハインリヒの部屋の前にいた。

どうやら俺はハインリヒに彼女とのことを謝ろうとして、わざわざアメリカから飛んできたようだった。

しかしいつもなら窓から入るのに、改めて玄関の呼び鈴を鳴らしたところ、出てきたのはハインリヒではなかった。

「なんだ、ボウヤお前か。」

そう言ったのは見た目だけはハインリヒにそっくりで、でもそれ以外は全くの別人のアンドロイドのシュヴァルツだった。

「!どうしてお前がここに・・・!」

驚いた俺はそう声を荒げたが、しかしそんな俺の様子に真っ赤な目を楽しそうに細めながら

口元に笑みを刻んだ奴は、平然と言った。

「どうしても何も、ここは俺とハインリヒの家だからな。」

「は・・・?」

思わず開いた口が塞がらなかった。

奴とハインリヒの家・・?

ハインリヒはこいつと暮らしてるのか?

するとまるでその心のうちがわかったかのように、より一層楽しそうに笑みを深めながら、奴は続けた。

「そんなに信じられないなら、本人に聞いてみたらどうだ?」

そして部屋の中にあがりこんだ俺に、のんびりと読書を楽しんでいたらしいハインリヒは言った。

「何だ、どうしたジェット?」

「どうしたも何も!何でこいつがここに・・・アンタと一緒に暮らしてるんだ?」

すると俺の声の荒げようにビックリしたらしいハインリヒは、驚いたあとに苦笑して穏やかに言った。

「何故って、俺はただ自分の好きな奴と暮らしているだけだぞ?」

「・・・は?」

好きな奴って・・・・?

ハインリヒは俺のことを好きでいてくれたんじゃないか?

一瞬頭がフリーズしてしまって、ハインリヒの言葉の意味がよくわからなかったが、

しかしそんな俺を他所にハインリヒは続けた。

「前回俺がアメリカを訪れた際、お前はもう別に体を重ねるような彼女ができていたらしいからな。

 さすがにそれはショックだったが、その後こうしてこのシュヴァルツが来てな。俺だけを愛してくれると言ったんだ。

 だから俺もこうしていつも側にいてくれるシュヴァルツを愛することに決めたんだ。」

「ちょっと待ってくれよ!なら俺は?アンタにとって俺は何だったんだ?」

ハインリヒの言葉の意味が理解しきれなくて、でもたまらずにそう叫ぶようにすると平然とハインリヒは告げた。

「何って・・・お前にとって俺がそうだったように、俺にとってお前はただの仲間の一人に過ぎないだろう?」

・・・・は?

俺がハインリヒのことをただの仲間として見ていたなんて、どうしてあれだけ好きだと告げて、

互いに言葉を重ねあってきたのにそんな風に言えるんだ?

それともアンタはただの仲間としてでしか俺のことを好きでなくて、でもそんな俺に同情で抱かれてたとでも言うのか?

もう頭が混乱を極めて俺は何を言ったらいいかわからなくなった。

しかしそんな俺を意に介することなく、いつのまにかハインリヒの隣に佇んでいたシュヴァルツが

静かにハインリヒの顎を捕らえるのが見えた。

「シュヴァルツ・・・。」

そしてそんな奴に抵抗する素振りすら見せずに、ただされるがままにハインリヒはその頬を少し染めただけで。

「アルベルト・・・。」

寄せられたシュヴァルツの口付けを甘んじて受けていた。

「!!ハインリヒ・・・!」

その光景に、ただもう名前を呼ぶことしか出来なくて何度もその名を呼び続けた。


ハインリヒ、ハインリヒ、ハインリヒ・・・・!




「どうした?」

気付いたら俺の顔を覗き込んでいるハインリヒの、少し心配そうな顔が目に入った。

「え、どうしたって・・・・シュヴァルツは?」

咄嗟に現状がまた認識できなくて、ただそう尋ねるとハインリヒは眉を顰めた。

「何故その名前が出てくるんだ?」

「だってさっきまでアンタが・・・・。」

そこまで言ってようやく俺は今自分が何処にいるのかはっきりとわかった。

ここはアメリカでもドイツでもなく、日本にあるギルモア邸の俺の部屋で、そして今俺とハインリヒは同じベッドで

互いに熱を交し合ったあとだったのだ。


そう、全ては夢だったのだ。

「・・・・よかった、夢だったのか・・・。」

体中の力が抜けると共に、思わず心から安堵の溜息をついた。

今まで確かに夢見が良くないことなどもあったが、今回のこの夢に比べたら今まで見たどんな悪夢も

悪夢なんていえない程度のものだった。

だがそんな俺の言葉に興味を惹いたのか、ハインリヒはその夢の内容を尋ねてきた。

もちろん俺としてはこんな内容の夢は語りたくなかったのだが、しかし俺がハインリヒに逆らえる術などない。

仕方なく途切れ途切れ、ゆっくりと夢の内容を語ったのだが、聞いたハインリヒは最終的に呆れたように苦笑した。

「お前なあ・・・・。一体何でそんな夢を・・・。」

「そりゃあ俺のほうが聞きたいよ。でもまあ思い当たるのは、昼間見た映画が何か愛とは何かみたいな

色々考えさせられる内容だったからなあ・・・。」

「ほう・・・。しかしそれでシュヴァルツとは・・・。」

どうやらハインリヒは奴が出てきたのが気に入らなかったらしい。

しかしそれよりも何よりも、俺が気に入らなかったのはハインリヒが奴といたとかではなく、

自分がハインリヒに対して取った態度だった。

「シュヴァルツよりも、俺は自分自身が一番気に入らねえよ。アンタを愛しているなんて普段から言って憚らないのに、

それなのにわざわざ訪れたアンタを追い返すような真似するなんて・・・。」

「どうした?自分自身が信じられなくなったか?」

「・・・・流石にちょっとね・・・。」

するとそんな俺に優しくハインリヒは言った。

「別にお前が信じられなくても別に平気だろう?」

「え・・・?」

「いつかお前が言っていたが、俺たちはお互いが相手のことを信じていればいいんだろう?

それならお前がお前自身を信じられなくたって構わない。何より、お前のことは俺が信じているからな。」

「ハインリヒ・・・。」

その言葉に思わず涙が溢れそうになって慌てて、ハインリヒを抱き締めることで顔を隠した。

そんな俺にハインリヒも優しく頭を撫でてくれるが、でも甘い雰囲気は長くは続かない。

「だから俺はお前が信じる信じないとか言う話よりも、夢の中に出てきたお前の彼女とやらが気になるんだが・・・。」

「あ、そりゃあ多分見ていた映画に出てきた女吸血鬼がスゲー美人な上にグラマーで、俺も主人公のように

首筋に噛み付かれてみたいなあなんて思ったからかも・・・。」

「ほう・・・。」

何だかハインリヒが妬いてくれているようで嬉しいのだが、それでもこのまま冷たく突き放されるのも淋しいなあなんて

思っていたのだが、しかしそれに反して感じたのは頭を叩かれたとかではない、別の痛み。

「ハインリヒ?」

「何だ、やっぱり美人の吸血鬼じゃないと駄目か?」

そう言うハインリヒがそっと俺の首筋に噛み付いてくれていて、瞬間頭が真っ白になった。

「!!アンタそういうところ、スゲー可愛すぎるよな。」

だがすぐに気を取り直すと腕の中の体をそのまま押し倒した。

やっぱり俺は時々意地悪だったり、喧嘩もしたりするけど何よりこの自分よりも年上の恋人が好きで好きでたまらないらしい。

「ハインリヒ・・・。」

だからそう名前を呼びながらうっとりと口付けると、後はもうその雰囲気のまま。



思わぬ悪夢に魘されながらも、結局幸せを痛感したそんなもう春も終わりの日の出来事。


40224番キリリク リク内容は「春の夢」で24か44とお願いしたのですが、
両方の願いが叶うとは!贅沢な悦びでございました。
結局幸せな24ということで!ご馳走様でした。

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