「海からの風」

こうして見てみると良いもんだな。」

「だろう?だからしつこく誘ったんだよ。やっぱり来て良かっただろう?」

思わず口にしたセリフに間髪いれずに返ってきたそんな言葉に思わず得意な皮肉の一つでも返してやろうかとも思ったが、

それもその言葉と一緒に向けられていた満面の笑顔に毒気を抜かれてしまって、

ただ黙ってまた目の前の景色を見つめることにした。

目前に広がるのは真っ青に輝く海と青空。

夏が終わる前にどうしても、と言っていた隣に同じように佇む彼に連れてこられたのだが、

自分はそんな彼の誘いを当初は頑なに拒んでいた。

理由は別に泳げないような体をしているから、とかそんなことでもなくただただ本当に気が乗らなかったというのと

広大な自然の目前では自分という存在が何だか取るに足らないような小さな存在だと思い知らされてしまうというのが

何となく嫌だったからなどという本当に子どもじみた理由だった。

しかしそれでもこうして海という偉大な存在をいざ目の当たりにしてみると、

そんな自分のちっぽけな考えは何処かに吹き飛んでしまい 今はただそんな海を目の前にして感嘆の溜息が零れるだけだった。

そうしてしばらく二人で静かに海を眺めていたのだが、ふとその間に感じた自分の海に対する印象を口にする。

「海はやはり大いなる母なる海なんだな。」

「?何だよ、それ。」

その言葉に食いついてきた彼に苦笑を返すと静かに自分の思ったままを告げる。

「いや、海は全ての生命を生み出した場所であるというのは知っているだろう。

だからそんな大いなる存在であるこの海を見ていたら既にこんな体になってしまった身であっても、

海は全て受け止めてくれるような気がしてな。」

「全てを受け止めてくれる、ねえ?」

「ああ、しかもそれは主に自分の中の負の感情と部類されるもののような気がするんだ。  

だからこうして海から離れて立っていてもそんな海から吹き付けてくるこの風が自分の中の悲しい感情など
 全てを拭い去ってくれるようなそんな風に思えるんだ。」

「そっかあ。海からの風は全ての悲しみや苦しみを拭い去ってくれるって訳だ。」

「まあ、これは俺個人の意見だがな。」

自分の言葉を簡潔にようやくした彼にそんな風に言葉をかける。

するとしばし何かを考えたらしい彼が再び満面の笑みを投げ掛けてくると言った。

「じゃあ俺が運ぶのは幸せをもたらす風だ。」

「・・・?」

唐突過ぎるそんな言葉に一瞬訳がわからずにただ首を傾げると、彼は言葉を続けた。

「だから海からの風が全てを拭ってリセットしてくれるような風なら、  

俺が運ぶ空からの風ってのがきっと幸せをもたらす風になるってことだよ。」

「!」

「だから俺と一緒にいる限りいつでも幸せが運ばれてくるということなんだけど、

そういうのどうかな?」

「・・・・まあ、いいんじゃないか。」

彼の言葉にそんなそっけないセリフしか返せなかったが、それでも内心で彼の考えに驚かされていた。

それなら彼と一緒にいる自分が一番幸せをもらっているんじゃないだろうか?

だがそんなこちらの考えを見透かしたかのように、彼は更に言葉を加えた。

「あ、でも俺が幸せを運ぶのはアンタ限定だよ。  何せ俺はアンタが一緒にいてくれるだけで幸せを感じさせてもらっているんだから
。」

「・・・・それなら俺だってわざわざ運ぶなんてことをされなくとも、お前が側にいるだけで十分だ。」

思わず彼の言葉にそう返してしまってから考えて、それから頬が朱に染まってしまう気がした。

自分は今彼に劣らず恥ずかしい言葉を口にしたのでは?

すると一瞬驚いたような顔をしていた彼だったが、すぐにまた微笑んで言った。

「アンタのそういう所がまた本当可愛くて好きだよ。」

「可愛いは余計だ。」

それにまたそんな風に返しながら、それから二人で静かに笑いあった。

その間も海からの風は心地よい潮風を運んできてくれて、髪の毛や服をはためかせて通り過ぎていく。

風が運ぶもの。

それはその風を受ける人それぞれにとって違うものだろうけど、

出来ればこうして笑いあう自分たちには同じものを運んで欲しい。

それがたとえ幸せなどという形のないものであったとしても。

35024番キリリク 「海からの風」という題からイメージしたお話をお願いしました。
風を感じるっていいですよね。
海を見ながら心地よい風を受ける24。
そして幸せを感じる24をありがとうございました。

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