サアァァァ・・・。
      外から聞こえてきた音に、シュヴァルツは耳を澄ました。
     「・・・雨か」
      明り取りの窓から、確認すると。
      しとしと、しとしと。
      雨が降り出したところらしい。
     「アレは・・・傘を持っていかなかったのではないか・・・?」
      呟きながら、シュヴァルツは数時間前の会話に思いを馳せた。

     『本が買いたい。出かけてくる』
     『出るのは構わんが、今日は降るぞ。傘を持って行け』
     『降る?今はキレイな晴天じゃないか。お前、オレをからかってるんだろう?』
     『本当に降るぞ。空気の匂いで分かる』
      思いっきり疑わしげな表情をして。
      結局、ハインリヒは傘を持たずに出かけたのだ。

     「・・・戻ってきたら、嫌味のひとつやふたつ言ってやっても罰は当たるまい」
      ニヤニヤと笑いながら、そんなことを呟いて。
      窓際から離れようとすると、パタパタと駆けて来るハインリヒの姿が視界に飛び込んできた。
      もちろん、傘はさしていない。
     「おやおや、濡れねずみでお帰りか・・・。これはもう、丁寧に出迎えてやらねばならんな」
      独りごちて、今度こそ本当に、踵を返して窓際から離れた。



      ギギギ・・・、と音を立てながら、重い城門が開いてハインリヒを迎え入れる。
      慌ただしくその中に飛び込んで、一目散に城の内部を目指した。
      脇に抱えている袋の中に入ってるのは、大切な、大切な本だ。
      これだけは濡らしたくない。
      降り出し始めより、雨足は強くなっていた。

      こんなことなら、シュヴァルツの言うことを聞いて、傘のひとつやふたつ、持って行けば良かった・・・!

      心から、ハインリヒはそう思った。
      城の中ではきっと、シュヴァルツが鼻先で笑いながら待っているに違いない・・・。

      それを考えて、些か憂鬱になりながら。
      雨の落ちない城内に駆け込んだ。
      途端に、聞こえてきた声。

     「これはまた随分と、慌ててのご帰還だな、アルベルト?」

      クックック、と、喉を鳴らして。
      楽しそうに、シュヴァルツが笑っている。
     「お前の言うことを聞かず、傘を持っていかなかったオレが悪うございました!!」
      抱えていた本を手近な調度品の上に置きながら、半ば自棄になってそう吐き捨てると。
      ふわり、と柔らかなものが、ハインリヒを包んだ。
     「・・・え・・・??」
      バサッと頭の上からかけられたのは。
      大きな。大きなタオル。
     「本は無事だが、お前自身はずぶ濡れだな。そんなに大切な本だったか?」
      髪やら頬やらを伝って床に滴り落ちそうになっていた水滴は、タオルの生地に吸い込まれていく。
      思わず擦り寄りたくなってしまうような優しい手つきで、シュヴァルツは手際よくハインリヒを拭いていく。
     「だから、私が言ったろう?傘を持っていけ、とな」
     「それに関しては・・・言うことを聞けば良かったと思ってる。そう、さっきも言ったろう?」
     「随分と素直なことで」
      スイ、と。
      褐色の指先が、ハインリヒの頬を滑った。
      いつもなら、少し冷たく感じられる指先だが、今日は温かだ。
     「すっかり、冷えているな」
      眉根を顰めながら、シュヴァルツが独り言のようにして呟く。
     「風邪をひくぞ」
      その言葉に合わせるように。
     「っくしゅん!」
      くしゃみをしてしまった。
      ハッとしてシュヴァルツの表情を伺うと。

      ・・・ああ、本当に楽しそうな顔をしている・・・。

      ハインリヒの髪を、嫌味な程に優しく、ひと拭き、ふた拭き。
      それから、シュヴァルツはどこか人の悪そうな笑みを見せながら。。
     「浴室で、身体を温めて来い」
      言葉と共に、バサリと。
      湿ったタオルが肩に掛けられた。
     「しっかり、温まってくるのだぞ?」
     「・・・指図をするな!」
     「いい子で温まってこれたら、お前のために、取って置きの茶を淹れてやらんでもないが?」
     「ちゃんと温まってくれば良いんだろうが!?」
      顔を顰めて見せながら言うと、やっぱり楽しげに笑いながら、ハインリヒの濡れた髪に指を絡ませてきた。
     「濡れた髪もそれなりに風情があるが・・・。やっぱり、乾いている方が触り心地がいい」
     「勝手に言ってろ」
     「髪はちゃんと乾かしてから戻ってくるように」
     「はいはい」
      良い様にあしらわれているのが、どこか腹立たしいが、嫌な気はしない。

      当て付けるようにして、乱暴な歩調で浴室に向かうハインリヒの背中を、シュヴァルツの声が追ってくる。
     「アルベルト!行儀が悪いぞ。もう少し上品に歩けんのか?」
     「わざとやってるんだから、放っておけよ・・・」
      ボソリと呟いて振り向けば、既にその場にシュヴァルツの姿はない。
      とにもかくにも、風呂から出たら、紅茶を飲ませてもらうぞ・・・。
      そんなことを思って。
      ほっこりと温かな気分になりながら、ハインリヒはぺたぺたと石畳の廊下を歩いた。


     END




「スィートハニー」のふみふみ様より頂戴いたしました〜!
幸運なことに95000番をゲットできまして!
「雨の中濡れて帰ってきたハインリヒを拭いてやる黒様」
というマイ萌えシチュを盛り込んで(笑)リクエストさせて頂きましたvv

愛しげにハインさんを拭いてやる黒様〜
幸せハインさんと優雅な黒様にいつもうっとりです。
見事に萌えポイントを突いてくださりありがとうございました!

一応・・許可を頂戴しておりますが・・
管理人のイラストを付けてしまいました。
見てもいいわ!と仰る方はこちらをご覧くださいませ。

見なくてもいいわ!と思われましたら、
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