反旗を翻す
夜明けが、ずいぶんと早い。
うっすらと明るい部屋の中は、それでもまだわずかに薄暗く、はっきりと見えているのに、目覚めたばかりの
視界のようにぼんやりと見えて、裸の体をぴったりと寄せている羞恥をやわらげながら、同時に、羞恥が薄れて
いることに、別の羞恥が湧く。
起き出すにはまだ早く、かと言って眠りに戻るには、少しばかり時間が足りない中途半端さが、よけいにけだるく
心地好くて、ハインリヒは、隣りでまだ健やかな寝息を立てているジェロニモの方へ腕を伸ばした。
すっかり暖かさが増して、この間まで、肩まで必死に引き上げていた毛布が、今は胸の半ばまでずれている。
それでも寒さを感じないのは、ふたりでいるからというだけではもうない。
春だなと、そんなところに季節を感じて、ハインリヒはジェロニモのぶ厚い肩に額を乗せて、胸の上に、鉛色の
右手を乗せた。
その手の冷たさに、さすがに目が覚めたのか、ジェロニモがうっすらと目を開ける。しまったと思いながら、けれど
悪い気はせずに、ジェロニモを見下ろせる位置まで、体をずり上げる。ハインリヒは、まだ焦点の定まらないジェロニモの、
ちょうと今の薄暗さと同じような色の瞳を、じっと覗き込んだ。
「・・・起こしたか。」
小さな声をさらに低めて訊くと、暗さを取り戻そうとするように、ジェロニモが額に掌を置いて、それから、瞳だけを動かして
ハインリヒを見返した。
「朝・・・?」
短く訊くのに、ああと答えて、けれど時計を見て時間を確かめるふりをする。
「まだ早い。おまえさんは、まだ寝ててくれ。」
そう言いながら、もう遠慮もなくジェロニモの上に乗り上げると、ハインリヒは、頬に刻まれた白い線に両手を添えて、
時折そうするように、お休みと言う代わりに、まだ半分しか開かないまぶたに、ゆっくりと唇を落とす。
体の大きさに似合わないいつもの機敏さは、けれど今は眠りに絡め取られて、重なってくるハインリヒを律儀に
抱き返そうと、腕は回ってくるけれど力はない。そんなジェロニモを小さく笑って、ハインリヒは、眠るとも目覚めるとも
どちらとも決めない様子のジェロニモの肩に、また頭を乗せた。
ハインリヒが重なっても、びくともしない厚い胸に掌を乗せて、そこからゆっくりと下へずれてゆく。
いつもなら、そうするのはジェロニモの方だ。
反応の鈍いジェロニモの気配をうかがいながら、ハインリヒは、少しずつ体の位置をずらして行った。
触れるどこも、傷だらけだ。改造される前に、すでにあったのだろうその傷が唇をかすめるたびに、ハインリヒはその
ひとつびとつに、心づけの口づけを落として過ぎた。
小山のようなジェロニモの体をたどって、そうして、ついには、体に掛けている毛布の下にそっともぐり込んでゆく。
そうすれば、もう夜の闇と変わらない暗さがあって、その暗さに、どこか安堵したような心地になると、ハインリヒはそっと
そこに顔を埋めた。
奇妙な明るさと、あたたかさのせいだ。そう思いながら、毛布の下に隠れて、目覚めるかもしれないジェロニモに触れる。
こんなふうに、相手の意向も確かめずに触れることは珍しかったけれど、自分の大胆さに驚くこともせず、やけに明るい
気分で、ハインリヒはジェロニモに向かって舌を差し出していた。
眠りに戻りかけて、けれど引き戻されたジェロニモが、ゆっくりと掌を、ハインリヒの頭に乗せた。
そんなことはしなくてもいいと、そう言いたげにあごの辺りを撫でるジェロニモの手を押さえて、ハインリヒは少しずつ、
夢中だということを隠さなくなる。
たまには、こんなこともいい。慎ましやかに互いに触れ合うことや、受け身に相手を待つだけでもかまわない。
けれど今だけは、多少抗われても、自分のしたいことをしたいようにしたいと、一瞬だけ唇をほどいて、ハインリヒはそこで
自分のために微笑んだ。
濡れた唇を拭い、毛布から顔を出す。
さっきよりも、もっと明るくなった部屋の中へ、ずるりと引きずり出て、今はすっかり目を覚ましているジェロニモの頬の
辺りに、右手を伸ばして触れた。
それから、ハインリヒは、微笑みを消さずに、毛布をベッドから蹴り落とすと、何もかもをあらわにして、驚くジェロニモの
肩を押すと、そのぶ厚い腰にまたがって、後ろ向きに伸ばした指先で硬い腿にさわった。
そろそろ、誰かが起き出す頃かもしれない。どちらにせよ、目覚める少し前の、眠りが浅くなる辺りだ。
ハインリヒは、大きく息を吐き出して、けれど音を立てないように気をつけながら、声を噛み殺した。
指を添えて、ジェロニモを、自分の方へ導く。心配そうに、けれど逆らわずに、ジェロニモがハインリヒの腰に軽く腕を巻く。
できるだけ静かに、躯を繋げた。そうしていることに満足して、ハインリヒは、上からジェロニモに微笑みかけた。
いつもとは違う形を、夜明けの明るさのせいにしながら、何も隠さずに、ジェロニモの上で、
ハインリヒは音を立てずにゆっくりと動き出す。
「HIDEAWAY」みの字様
チャレンジされている100のお題79「反旗を翻す」より展示許可を頂きました。
朝の明るくなった部屋で触れ合う54だけでも胸が高まりますが、
更にハインさんのジェロさんに施す仕草に止めを刺されました(笑)
みの字様、ありがとうございました!
管理人が送りつけてしまった「明るいところで54」はこちら。